「自己決定・自己責任」、大丈夫じゃなくても不満を持たないような
格差社会を作り上げることは、不法移民・人種差別といったアメリカに
おける行き詰まりを回避しつつ国民統合を維持しながら移民を入れたくない
日本が自国で国内移民を作り出すということとイコール。
それはアメリカにおける黒人の役割、中国における内陸人の役割。
SFのようだ。でもそれが安部ネオコン政権のシナリオであるそうな。
『消費社会から格差社会へ』上野千鶴子、三浦展
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- 2007/07/09(月) 17:38:47|
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大前研一さんの本を読むのは2冊目です。
テーマ「ビジネス力」について、21世紀型のビジネス・プロフェッショナルとして
どのような能力を磨いて行くべきか、新書ということで具体例等を踏まえながら
スッキリと簡潔に述べている本です。
具体的なビジネス力とは先見力、突破力、影響力、仕事力、人間力の5つ。
先見力の為の事象の分析手法や問題解決のための論理思考型については
具体的なトーニングの方法等は書いてません(本書の趣旨的にはそこまで
読みたいと思いましたが、新書では間に合わないのでしょうね。そこら辺の
続きは大前先生の大学院で、ということでしょうか)。
ただ、それ以外の各能力の磨き方についてはどれも明日から習慣として
取り入れられるものばかりと感じました。
21世紀型のビジネス・プロフェッショナルとしてメシを食っていくために
私に足りないのは問題解決のためのケーススタディと思考訓練、段取り・
仕事力、朝の利用、そして家族。
『ビジネス力の磨き方』大前研一
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- 2007/07/09(月) 16:47:53|
- 勉強
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現代の若者が分からないものを放っておけるのはなぜか。
無知のままでいることに生きる不安を感じずにいられるのはなぜか。
今の子供たちは、労働主体として社会的承認を得る機会を構造的に
奪われている。就学以前に家庭内労働によって労働主体としての
アイデンティティを基礎付けるのではなく、消費主体として自己を
確立させてしまう。
このことにより、子供は教育というサービスの買い手として、
教育の「価値や有用性」を問いかける。「ひらがなを習うことに
どんな意味があるのか」と。ただしそれは「その商品には興味が
無い」という無関心を誇示することで取引を有利に進めることが
できる商取引における修辞的な質問でしかない。お金があれば
大人と同じサービスを受けることができるという全能感を
味わった子供のロジカルな対応でしかない。
しかし学びや教育とは時間的現象、変化を要するものであって、
無時間現象である消費・等価交換の対象としては成り立たない。
市場原理によっては基礎付けることができないというこを
誰も子供に告知しない。
勉強する、価値を認められない授業を静かに聞くという行為は
子供にとって「不快」でしかない。無価値なものに投資する不快
という貨幣を最低限に抑えるために、不快ではない行為に全力で
傾注する。これ以上のお金はこのサービスには払えない、と。
更に、「自己に外在的な目標を目指して行動するよりも、
自分の興味・関心にしたがった行為の方を望ましいとみる」
所謂「自分探し主義」が追い打ちをかける。
「それが何の役立つのか?」という問いを子供もメディアも
それがクリティカルなんだと、ある種の知性の証なのだと思い込む。
満足のゆく答えが得られなければ、仮に広く社会的に有用であると
認知されているものであったとしても、「オレ的に見て」有用性が
確証されなければあっさり棄却され、子供の成長を妨げてしまう。
自分に取って「価値がある」と理解できないものについてこれを
学ぶことを拒否し、それを自己決定とする。学ばないことから生じる
リスクは自分が引き受ける。「学校でよい成績を取ることは人間の
価値とは関係ない」という学校神話の否定から「学校で悪い成績を
取ることは人間的価値を高める」という反学校神話へシフトし、
階層下降することから達成感を感じてしまう子供たちが出現する。
ニート問題の最大の問題は、このように子供の頃から一貫して
経済合理性に基づいて価値判断を下してきた結果として無業者を
選んでいるため、彼らの一貫性を経済合理性を論拠にして
突き崩すことができない点である。
自らを等価ではない交換には応じない「クレバーな消費主体」として
自己規定し、そこから達成感を得ている以上、彼らが主体的に「学び」
「労働」といった本来等価交換でないプロセスに身を投じることはない。
彼らが全く違う社会階層の富の体現者である堀江貴文に共感したのは
「最も少ない努力で最高の成果を出すこと」を最高善とする思想であり、
「賢い生き方をしている」という幻想的な自己規定のカテゴリーにおいては
年収や社会的評価がどうかということは副次的なものであったといえる。
『下流志向』内田樹
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- 2007/07/01(日) 20:05:02|
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格差社会が来る。
中流階級は総じて貧困層に転落する。
現実を分析して「ホラ、危ないよ」と言う人は星の数ほどいても、
それに対してどう立ち向かうか、対処するかという具体的な回答を
出してくれる人はこの人が始めてだ。きっと、この先この手の本が
雨後の竹の子の如く出現する。間違いない。
つまりは、これからは「左脳的ワーカーではなく、右脳的ワーカー
である」というような。本書のWeb上での受け取られ方を少し検証
してみると、やはりというか「デザイナーである私は…」といったような
受容のされ方が多少見受けられる。この手の解釈もこの先流行る。
間違いない。
間違ってはいないのだろうけど、「著者は右脳思考をせよ」と言って
いるのではなく、「右脳的要素も取り入れて全体思考せよ」と言っている。
つまり、高度な左脳的分析思考を持った上で、右脳的な思考をも
取り入れよ、と。でなけりゃどうして右脳だけで先進国の労働者が
中国やインドのナレッジ・ワーカーに先んじられると言える?
著者は、今世界で起こっている現実を、事実・経験に基づいて収集、
分析し、そこから導き出す現状の認識はあくまで著者の直感であり、
直感に基づいて証拠を再編集・解釈・検証する。そういった意味では、
著者は本書の内容を忠実に実行しているともいえる。左脳で分析し、
右脳で組み立てる。
『ヤバいぜっ!デジタル日本』で高城剛も割と近いことを論じている。
右脳と左脳は車の両輪。ホントにそう思う。
『ハイ・コンセプト』 ダニエル・ピンク(大前研一 訳)
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- 2007/06/27(水) 10:36:48|
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